浅き夢見し(1)驚いたな

 グライダーにかかわったのは偶然である。命令で小さな空のスポーツ会社を作り、社長を見付けるまで代行していろといわれ、軽い気持ちで引き受けた。そうしたら社員がグライダーのクラブを作ろうと言い出し、これも何気なく会長を引き受けた。どっちにしろ、いずれは社長が決まり会長も決まると思っていたからだ。
 ところがいつまでたっても社長も会長も決まらない。催促したが有耶無耶だ。ほんの少し驚いたが、根は空が好きだから、この中途半端もそれほど厭だったわけではない。まあずるずると過ごした。
 何が驚いたって滑空場にピストがあったことだ。これは妙なことになったぞと思った。ピストは横文字だが大昔の言葉だ。たぶんフランス語だろう帝国陸軍航空隊が使っていた。今どこを探しても航空界にこんな言葉は無い。自衛隊にも無い。それが堂々とまかり通っている。幽霊に逢った気分だ。
 そのピストに偉そうな人がいる。学生が腰に拳で走ってきて直立不動で敬礼し、報告をする。偉そうな人が横着な格好で気合を掛ける。気まぐれに頷く。もう目が点になった。これはまさに大日本帝国だ!
 聞いて更に驚いた。1年生は初年兵で、2年生は1等兵、3年生が上等兵らしい。どうもそうとしか理解しようが無い。4年生は伍長で、鬼軍曹がピストに座っている。まるで帝国陸軍内務班だ。これが戦後50年、最高学府の航空部かと、腰が抜けるほど驚いた。
 注意して観察すると、どの大学も同じようではないか。唖然とした。国立大学も有名私立大学も、無名大学もさほどに違いは無いようだ。知性の府とは思えない。体育会系ですと聞いて更に驚いた。日本の大学は航空を反射神経と筋肉の世界にしている!!
 知る限り、空は最高に知的な世界である。空の急速な発達は、知性を別に存在はしなかった。あえて言えば、知性と発達が等号で結べるほどに不可分な世界が空である。それをまあ筋肉と反射神経とは。
 大人のグライダーにも匂いがある。大学OBが作っていると聞いてさもありなんと思う。ここにも知性の匂いが少ない。
 世界で流行るグライダーをすぐ買いたがるのも不思議な現象である。世界選手権で活躍したグライダーは次の年にはもう誰かが買っている。
ああ「お隣農業」と同じ仕掛けだと思い当たる。何百年、誰か優秀な人を選んで真似、その人が田植えを始めれば田植えをし、刈り取りを始めれば刈り取りをする。思考停止したほうが上手な農業ができる。下手な考え休むに似たり。優勝したグライダーを買えば間違いは無い。
最高学府を支配する原理が「お隣農業」ですか。びっくりしたなぁもう!
 滑空場では空を飛ぶより着陸に熱心だ。思うに飛ぶのが下手だからすぐに着陸する。着陸はみんなの目の前でするから「お隣農業」としては格好の話のタネになる。「井戸端会議」は「お隣農業」の真髄だ。かくて飛ぶことよりも着陸に熱心になる次第なのだろう。
 空は自由なはずである。地位も名誉も無く、老若男女の区別も無く、宗教にも関係が無く、貧富も無い。初年兵を作るのは自由な空を不自由にすることだし、思考停止を強要されたら空が無くなる。鬼軍曹など更に要らない。
 よし! 本来の空を作ろう! クラブはそういうクラブにしよう!

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